# 女性議員と出生率 -関東1都3県の市区町村データを用いた分析- ①

はじめに

日本は少子高齢化社会と言われているように、子供の数は減少している。昨年(2022年)に新成人を迎えたのは120万人と過去最少を記録している。そして2021年は出生率は80万5千人程度になるなどこの20年で40万人ほど減少していることがわかった。出生率の低下が問題と長年言われてきたが、いまだにどのような要件を満たすと出生率が上昇するのかという決定的な証拠は見つかっていない。また女性政治家が増えることは社会にどのような影響を与えるのかが個人的な関心にあったため、それならば女性政治家と出生率がどのように影響しあっているのかを分析してみた。

このレポートの構成は以下のようになっている。はじめに出生数と女性議員について簡単に述べた後に、これまでの出生率に関する先行研究をまとめる。そしてこの研究の目的、仮説を説明する。その後、データの説明、分析手法を述べ結果からわかったこと、その結果から考えたこと、そして最後に結論という構成になっている。

 

出生率と女性政治家

内閣府によると日本の合計特殊出生率は1975年ごろから2.0を下回るようになり、1995年からは1.5を超えるなく近年は1.3〜1.4の間に収まっている。この背景にあるのは非結婚、晩婚、結婚している女性の出生率の低下にある。結婚していない女性は80年代から増加傾向にあり、30歳未満の結婚していない割合は2010年には60%にもなる。60年代、70年代と異なり、現在は出生率のピークにあたるのは30代であり、出産年齢が高齢化していることがある。長年続くデフレにより男性が定職につくことができない、女性も非正規労働者が増加したことなどにより経済的不安定、キャリアの見通しのなさが非婚化を促進していると考えられる。また1人で生活することが好む人が増えているという結婚に対する価値観も変化している。このように出生率の低下は経済の停滞が結婚を減らし、さらに晩婚化などが重なって起きている可能性がある。出生率の低下を受けて政府は2003年には少子化社会基本対策法、2012年には子ども・子育て支援法をそれぞれ制定してきたが、根本的な解決には至っていないのが現状である。

女性議員に関しては内閣府で公開されている「地方議会における女性議員割合の推移」をみると増加していることがわかる。市議会では平成15年の平均は11.9%から平成25年には13.1%となり1.2%上昇している。また町村議会では女性議員の割合は平成25年には8.7%と平成15年と比べると3.7%上昇していることがわかる。

 

先行研究

女性議員と出生率の関係について述べた研究というのは見つからない。しかし市区町村のデータを用いてさまざまな要因と出生率の関係について述べた研究は存在する。

加藤(2017)では人口密度は負の影響を、女性の就業率や純転入率が高い地域では正の影響を出生率に与えることがわかっている。近藤(2014)でも人口密度は出生率に負の影響を与えるという結果が出た。阿部・原田(2008)は全国の市区町村を対象に分析を行い、その地域における所得と女性の賃金の高さは出生率に負の影響を与えること結果を導いた。また足立・中里(2017)による都道府県レベルの分析からは生涯既婚率の上昇や女性賃金の増加が出生率に負の影響をもたらしており、その一方で女性の就業率の上昇や晩婚化が出生率に負の影響を及ぼしているという明確な影響は見られなかったという結論に至っている。これらをまとめると、保育所の整備や子育て支援政策、純転入率は出生率を上げる効果が、人口密度、女性の賃金の高さ、は負の影響をもたらし、女性の就業率はどちらともいえないということがわかる。

 

研究の目的、仮説

この研究で調べたいことは地方議会における女性議員の割合と出生率である。そこでまずはなぜ女性議員の増加が出生率上昇につながると考えたのか説明する必要がある。前田(2019)によると男性と女性で好ましい政策が異なるということがわかっている。女性は男性に比べて子育てをする機会が多く、それゆえ行政にどのようなサービスが求められているのか把握しやすい。もちろん、現代においては「男性は仕事、女性は家庭」という考えは古いことは承知している。しかしながら、いまだに男性と女性が子育てにかける時間は異なっていることは事実である。子育てを経験したことがある女性議員は、政治家として子育て政策を進めたいと考えるだろう。さらに子を持つ女性にとって女性議員に対して陳述しやすいと考える。また行政サービスの拡充に必要な予算を確保するためにも、女性議員が多くいる方が、団結し予算を通しやすくなるのではないだろうかと考える。このような考えのもと、女性議員が議会を占める割合が高い自治体ほど出生率が高くなるのではないだろうか。

1つ目の仮説として(1)女性議員の割合が高くなると、出生率が上昇する。さらに今回の分析では市区町村ごとの結婚している女性の数も出生率に影響を与えるはずと考えた。津谷(2015)によると日本は結婚していない女性が子供を産むことが非常に少なく全体の2%ほどと言われている。そのため女性の結婚者数が伸びればそれだけ出生率も伸びることが予想される。2つ目の仮説として(2)女性の結婚者数が増えると、出生率が上昇する。

そこで本研究は(1)地方議会における女性議員の増加と(2)結婚している女性の人数の増加が出生率の向上にどれだけ影響するのかを東京、神奈川、千葉、埼玉の市区町村のデータを用いて検証した。なぜ地区町村のデータを用いたかというと、女性議員の増加が子育て政策の充実をもたらし出生率が上昇するという仮説を検証するためには、都道府県ごとのデータではサンプル数が少なすぎることがある。また東京都と四国では議会の人数や出産年齢である15〜49歳の女性の数に大きな違いが見られるのではと考え、地方と大都市という括りではなく、自治体ごとに細かく区切りなるべくそういった影響を排除するためである。

本来であれば全国の市区町村すべてを含めて検証したかったが、1700以上を超える自治体のデータ5年分を収集するのは現実的ではなかったため、今回は首都圏1都3都道府県に絞り分析を行なった。

 

 

# 女性議員と出生率 -関東1都3県の市区町村データを用いた分析- ②

データ、分析手法

使用したデータは説明変数、被説明変数のいずれも2015年から2019年の5年間のデータである。1都3県の市区町村数は211あるが、説明変数、被説明変数のいずれかに欠損値があった12の市区町村を除いた199の市町村を対象にした(東京都23区は全て別々に扱い一つ一つの区5年分を集計した一方でさいたま市横浜市は一つの市として今回は扱った)。今回取り除いたのは千葉県長生村御宿町芝山町、埼玉県羽生市東秩父村、東京都利島村新島村神津島村御蔵島村小笠原村、神奈川県清川村の12の市区町村である。

説明変数は199の自治体にそれぞれ5年分なので995のデータがある。次の図は今回の分析で使用したデータの一部である。

被説明変数である出生率合計特殊出生率)は各都県が公開している各市区町村の(東京都は東京都福祉保健局「人口動態統計」、千葉県は「人口動態統計」、埼玉県は彩の国統計情報館から、神奈川県は「衛星統計年報」)データを使用した。これは各市町村の出生率を掲載している厚生労働省が公開している「人口動態調査」は平成29年度までしかないこと、政府統計の総合窓口であるe-Stat上では都道府県ごと、または政令指定都市、中核都市を含めたデータまでしか掲載されていなかったためである。記述統計を確認すると2015年から2019年にかけて平均出生率が小さくなっていったことがわかる。 説明変数の地方議会を占める女性議員の割合は内閣府男女共同参画局「市区町村女性参画状況見えるかマップ」にて公開されている。2015年から2020年までの6年間の全ての都道府県市区町村の女性議員の割合を入手することができる。そこで最も古い2015年から2019年までの5年間分を使用した。マップとあるように地図の上にカーソルを合わせるとその自治体の女性議員がわかるサイトで、残念ながらサイトの出典にある総務省が公表している資料を確認するも各自治体の議員はわからなかったため、サイトにあるデータを一つずつ打ち込んで収集した。記述統計を確認すると5年平均は21%と5年間で大きく変動はないことがわかる。また2015年から2019年にかけて平均が上がっていることも読み取れる。 もう一つの説明変数である婚姻数も同じく各都道府県の人口動態統計から市町村ごとに2015年から2019年分を抽出した。記述統計を見てみると5年間を通して平均、標準偏差最小値、最大値に大きな変動はみられない。平均が979、最小値が2、最大値が199634となっており、結婚数は地区町村の人口比などに左右されていることがわかる。標準偏差は5年平均で18600になっている。標準偏差にばらつきが多いので対数をとることにする。

今回は5年間分のデータを用いてパネルデータ分析を行なった。その際に以下のようなモデルを想定して、分析を行なった。

 \displaystyle F = ma

 

各変数の示すものは

TFR  p市のおける合計特殊出生率(Total Ferity Rate, TFR)

FP   地方議会における女性議員の割合

NOM 結婚している女性の人数

θ    観察不可能な固定効果

ε    誤差項

である。

 

今回、固定効果モデルを使ったのは、浅井・神林・山口(2016)にならい自治体ごとにある伝統など自然条件の違いなど観測できないもの(データに現れないもの)の影響をθが吸収するからである。

この研究では固定効果を含まないOLS推定も行い、比較する。仮説としてFPが+になるとTFRも+になると予想する。

 

# 女性議員と出生率 -関東1都3県の市区町村データを用いた分析 - ③

分析結果

分析結果は図3にまとめられている。(1)は固定効果モデルではなく単なるOLS推定である。(2),(3),(4)は固定効果モデルを用いたパネルデータ分析である。(2)は女性政治家の割合のみで分析した場合で(3)は女性の結婚数のみで分析した場合である。(4)は女性政治家の割合と女性の結婚数を変数に入れて分析している。

全体の傾向を確かめてみると、(1)のOLS推定では女性政治家の割合は統計的に有意な関係はないが、女性の結婚者数は0.023と小さいながらも正に推定され、統計的に有意であるという結果になった。しかし、固定効果をいれたパネルデータ分析の結果では(2)の結果より女性政治家の割合は-0.058と負の係数で統計的にも有意であることが示されている。また(3)では女性の結婚者数は-0.017と負の結果となり、(1)のOLS推定では統計的に有意であったが(3)では有意ではないことがわかった。(4)では女性政治家の割合は統計的には有意ではあるが負であり、女性の結婚者数も負という結果になった。固定効果をコントロールすると女性政治家の割合は統計的に有意であることが示される一方で、女性の結婚者数は有意ではなくなるという真逆の結果が示された。OLS推定とパネルデータ分析で結果が真逆になってしまうのは固定効果によって女性政治家の割合と出生率には統計的な関係があることがわかる。しかしこの結果は仮説と反している。女性政治家が増えれば、子育て支援政策が充実し出生率が増えるのではないかという仮説は固定効果をコントロールすると女性の政治家割合は出生率を増やすのではなく、むしろ0.057下げるという結果になった。なぜこのような結果になったのだろうか。女性議員は必ずしも子育て支援政策を充実させるわけではなく、実際には議員の性別関係なくその他の要素が出生率上昇に関わっているのではないだろうか。それならば、出生数が増えている自治体の議会の割合を見れば、政治家の性別は出生率には関係ないことが考察される。次の項では出生数が上昇している自治体の議会男女比を見てみる。

 

議会の男女比は関係あるのか

計量分析を行い、その結果を踏まえて現実ではどうなっているのかを確かめる。女性議員が増えると出生率は小さいながらも負の値を取ることがわかった。そこで出生率と女性議員の割合は関係がないと考える。もし女性議員の割合が高くなければ、他の要因、例えば子育て支援の充実さや保育園の定員数にゆとりがあるなどが出生率に影響している、男性が中心の議会でも出生率向上につながるような取り組みはできるということだ。今回、データの中から探すときに出生率の高さに着目したのは特に田舎の地方議会はそもそも議員人数が非常に少なく、1人増えると割合も大きく変わる。よって出生率が高い自治体は女性議員が多いのかを確認する。そこで今回の研究で使用した各自治体の5年間のデータを見てみると、千葉県流山市、東京都中央区、港区、日野市、稲城市、神奈川県大和市、海老名市は各5年間の出生率平均が高い自治体であることがわかった。全自治体の平均が1.24に対してここで挙げた自治体はそれを大きく上回っていることがわかる。そして女性議員の割合は全自治体平均が21.63であるのに対して、神奈川県大和市を除いて平均を上回っていることがわかる。

これだけを見ると女性議員の割合と出生率が無関係であると言えないのではないだろうか。しかし上記で挙げた自治体は比較的都心部であるため女性議員が田舎と比べると当選しやすい可能性もある。そのため女性議員と出生率に正の相関関係はあってもそれは女性議員と出生率に因果関係はないということができる。

おわりに

この研究においては、女性議員の増加は出生数を増やす直接的な要因にならないということがわかった。この研究によって女性議員を増やすことが出生率を上げることにつながるという期待があったが、そのような結果を得ることはできなかった。しかしこの研究には課題が多い。第一に入れ込むことができなかった変数が多く、その他の影響をコントロールできなかった。先行研究を見てみると、保育所、幼稚園の数や人口密度、女性の就業率などを変数にして研究をおこなっている。そのほかにも市区町村間での人口の違いを考慮して重みをつけて分析していればまた結果は異なっていたのではないだろうか。また2015年から2019年までという比較的新しいデータを使ったため、データが一つにまとめられておらず形式が異なる一つ一つの県の統計データを5年間分まとめ上げるのは非常に困難な作業であった。地方議会における女性議員の割合に関しても、内閣府男女共同参画局で公開されているデータをエクセルシートに入れ込んでいく作業には膨大な時間を要すことになり、他の変数を準備することができなかった。今後の課題としては、人口密度や、都会か田舎かといった地理的要素、就業率、転出入、さらには児童託児所の数など子育てに必要な環境がどれほど整備されているかといった要素ではなく、例えば、住民の幸福度、住みやすさといった主観的なデータを用いた分析や、今回は集めることができなかったのだが地域によっては中学卒業まで医療費が無償の自治体もあれば、高校卒業するまで医療費が無料の自治体もあることがわかった。このような自治体独自の子育て支援政策が出生率増加にどのくらい寄与しているのかを検証することが、日本の少子化問題を解決する大きな一歩になるのではないだろうか。

 

参考資料

内閣府 男女参画参画白書 平成26年度版

内閣府「選択する未来」第3章人口・経済・地域社会をめぐる現状と課題

参考文献

朝井友紀子,神林龍,山口慎太郎「保育所整備と母親の就業率」『経済分析』第191号(2016)

足立泰美,中里透「出生率の決定要因:都道府県別データによる分析」『日本経済研究』(2017)

阿部一知,原田泰「子育て支援策の出生率に与える影響 : 市区町村データの分析」

                        『会計検研究』  第38号(2008)

加藤久夫「市区町村別にみた出生率格差とその要因に関する分析」

               『フィナンシャル・レビュー』第131号(2017)

近藤恵介「集積の経済による成長戦略と出生率回復は相反するのか」

               RIETI(独立行政法人産業経済研究所)Special Report,

               最終覧日2022年1月10日)

津谷 典子「出生率と結婚の動向―少子化と未婚化はどこまで続くか―」

            『シリーズ日本の経済を考える』第77号(2018), 財務総合政策研究所,

               <https://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/f01_2018_05.pdf>

前田健太郎『女性のいない民主主義」東京:岩波書店(2019)

宮本由紀,荒渡良「所得補助と非所得補助が出生率に与える効果の比較」

            「日本経済研究」第68号pp.70-87